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muji . 2006.04 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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  駄月洒落日。駄洒落2題。枯葉の節で「♪アネハよ〜」「それシャンソンですか?」「いや、マンション」。次「美人姉妹がいた。姉はヒューザー、妹はライブドアに勤務。もうお姉妹」。パーカッションの横山達治作。本田竹広の通夜で言うんだから、ジャズ界はまだ健在です。

漫月画日。札幌在住の漫画家マイスケが一コマ漫画を送ってきてくれた。タイトルは「ジャズ界にも偽装問題発覚」。記者会見場で、主人公キャラが姉歯風のネクタイをして言い訳をしている。「はあ、コードの数をへらせと言われまして...」。これに対して村上"ポンタ"秀一そっくりの長老犬が「バップの譜面(せっけいず)がフリーになってるぢやねえか! 責任取れ!」と怒っている。聴衆席の皆が「地震がきたらフリージャズで死んじゃうじゃない!」「責任取れ!」など、わーわーと大騒ぎ。一人だけ頭から「?」マークを発している者もいる。これには受けました。早速方々に転送した。ご自身も漫画を描く前田憲男御大がひときわ受けてくれ、「コードを減らすとフリージャズになるとは気がつかなかった。ジャズ屋ならひっくり返って受ける発想」とのご感想だった。マイスケは自身もアマチュアのジャズ・ピアニストなので、ジャズマン登場の四コマ漫画も多数ある。日記風な内輪ものも多いが、たいていは爆笑してしまう。いずれは「巨人の星」「ヒカルの碁」「のだめカンタービレ」のジャズ版も是非見たいと、お願いしてある。

猫月失踪日。新参猫のピロちゃんがまた失踪した。今度は床下からの声も聞こえず完全に姿が消えた。玄関での人間の出入りの時に足元をかすめて飛び出して行ってしまったのだろう。とにもかくにも「猫返し神社」にお参りする。自分で言い出しておきながら「やはり無理だよなあ」などと不謹慎な考えが浮かぶ。家の回りの畑や隣の庭や金網に囲まれた原っぱなどのぞき込むが見つからない。遠くで野良猫が何かに向かいあっている姿を見て、ピロがいるのではと車を止めて走っていったりもした。2日目と3日目も手がかりなし。この喪失感はたとえようがない。家の中の何を見ても寂しくなる。本当はそこにピロがいたのに、と思ってめそめそする。つまり「These Foolish Things」なわけですね。そうか、人はこういう試練を乗り越えてジャズの神髄を会得するのだ、などと考えても全然なぐさめにならない。リハの途中でも金子飛鳥(vn)や松風鉱一(reeds)やニュー・カルテットのメンバーにこぼしまくってひんしゅくを買う。国立音大生のストリング・カルテットとの下稽古でもぶつぶつ言っている。猫先輩のオユキさんに電話して泣き言を聞いてもらう。一体どこでどうしているのか。4日目、古参猫のアーちゃんが外に出たがったので、いつものようにひも付きの首輪をしてドアの外のノブにかけた。思いついて鰹節を入れた皿をそばにおいた。数刻後、家内の叫び声で飛び出すと、玄関の横の車の下にピロの姿があった。すぐに気に入りのじゃらし器具のハタキをもって飛び出し、名前を呼んではパタパタパタ、名前を呼んではパタパタパタ。その間に、「早くつかまえろ!」とわめく。家内、飛びついて取り押さえ家の中に拉致。「何をしていやがったんだこの野郎!」とわめいて抱きしめてうれし泣き。猫は不良の眼で中空を睨むだけ。すぐに「猫返し神社」にお礼参りをし、以前から宮司さんにほのめかされていた「ピアノ演奏による越天楽」を喜んで奉納する決心をした。後日、これは実現し、今年の正月から境内に流れ続けている。

二月二六日。恒例の早坂紗知(as)226コンサート。誕生日が同じ2月26日なのでこの日は毎年特別コンサートがある。20回やっているうちの15回参加しているということは、最初はかろうじて四十歳代だったのかな。今年のメンバーは、永田利樹(b)、大儀見元(perc)、コスマス・カピッツァ(perc)、ウィンチェスター・ニー・テテ(perc)、川嶋哲郎(ts)。演奏曲はさっちゃん作の名曲「Ring of Cannabis」をはじめ、魅力的なオリジナル多数。ゲストは原田芳雄さんで、この人は2月29日の閏年生まれ。十八番の「プカプカ」と「リンゴ追分」を歌って客を涌かせた。この日は雨だったが店始まって以来の大入りで立っている場所もないほどだった。終演後はこれも恒例の大パーティ。来てくれていたカルメン・マキさんと原田さんとで昔の新宿の話をして尽きない。別のテーブルでは川嶋哲郎とマイク・モラスキーが将棋をやっている。二人とも将棋好きなのを知っていたので紹介したら楽屋で開演前から対局がはじまった。今は第2局目らしい。そういえば、去年の226は米国コネティカットの大学でコンサートをやり、そのままジョンストン教授の家で会食をしケーキをいただいた。その時にマイクと初めて会い、著作「戦後日本のジャズ文化」がもうすぐ出るという話を聞いたのだった。誕生日がだんだんとくっきりした記憶と共に残るというのは、やはりヤバイのかなあ。



「CDジャーナル」2006年4月号掲載
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