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muji . 2007.04 .
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イラストレーション:火取ユーゴ
  山下洋輔の"文字化け日記"
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  鍵月盤日 6人のピアノ奏者が6台のピアノを同時に弾く「ピアノ6連弾」というすごいことを考えたのは佐山雅弘。これが一昨年「ミューザ川崎」で実現した。その大成功の余波で今年はなんと四カ所で決行。2月から3月にかけて、横須賀芸術劇場、サントリーホール、アクトシティ浜松、ひたちなか市文化会館と渡り歩く。メンバーは、佐山雅弘、島健、小原孝、塩谷哲、国府弘子、山下。このメンバーでソロ、デュオ、トリオ、6人同時と弾きまくる。まず6人で出てそれぞれのピアノに座り、山下、島、国府、小原、塩谷、佐山の順でソロをやる。皆自分で一晩のリサイタルをできるわけだから放っておくとこれは大変な時間になる。制限時間3分以内でのご挨拶という掟が定められた。最後の佐山ソロが自作の「**・リボーン・ブルース」で、これがアップテンポになると皆が参加する編曲になっている。題名の「**」のところは初演時は「川崎」だったが、今年はそれぞれの場所の名前を入れるという知恵が発揮されている。このオープニングの6人演奏が終わると、以下デュオで、小原・塩谷はダリウス・ミヨーの「スカラムーシュ」、佐山・島はチック・コリアの「スペイン」、国府・山下は両者が作っていた「寿限無」という曲をつなげて演奏した。休憩後はトリオを二組。最初が島、塩谷、山下で島健作曲「Suite for Piazzolla 」。次に佐山、小原、国分で、ミシェル・カミロの「オン・ファイアー」。そして本編最後に6人でラヴェルの「ボレロ」をやる。編曲は塩谷哲。これは原曲のオーケストレーションに忠実で、6人のジャズ・ピアニストにオーケストラが乗り移ったような演奏をして大成果を生み出した。アンコールは国府弘子編曲の「テイク・ファイブ」。最後に客席から自然に手拍子がわき起こる仕掛けになっている。全曲それぞれ内容ぎっしりで、各人、得意の大技小技秘術必殺技超絶技巧全部くり出して客席を湧かせた。どこも完売の盛況で、ナカビの打ち上げで広島お好み焼き屋“凡”に集結した6人衆は、来年もやるぞと大気炎を上げたのだった。とここまで書いて浜松に行ったら、最後のアンコールの途中の拍手の中で、皆が「ハッピー・バースデイ」を歌い出し「ディアー・ヨースケー」と言って、おれと同じ生まれ年の超絶高価お宝財宝ボルドーワインを渡してくれた。いやあ参った(泣)。ピアニストの集団というのは「一匹狼の集団」と同じで滅多にないが、出現するとあらゆる意味でこんなスゴイものはない。

セシル月テイラー日 この時期ピアノ漬けの日々になった。前記ツアーの最中にセシル・テイラー(CT)師匠来日。東京オペラシティのリハーサル室で挨拶をして、すぐにデュオの演奏が始まる。ノンストップで1時間半。中断して手洗いに行く間もCT先生はハミングを続けている。再開前にプレーン・ヨーグルトをご所望。あらためてまた1時間半。いきなりの猛稽古だったが、翌日、そして本番に比べるとこれはまだ小手調べだった。2度目のセッションが終わる頃に、先生の旧友の木幡和枝さんと舞踏家の田中泯さんが顔を出す。さまざまな話で盛り上がる。
 CT先生とはソロで来日の1974年に楽屋を訪ね、76年にはモントルー・ジャズフェスで同じ晩に演奏し、91年にはブルックリンのご自宅にリハを見学に行き、92年には田中泯さんの公演後の打ち上げについて行った。93年のジャパン・ソサエティでの公演の客席に来てくれて、そのまま従姉妹のケイコのやっている店に行ってその後も朝まで飲み歩いた。さまざまなインサイダー・エピソードを共有するようになった。ドラマーのフェローンが間に立ってくれたりもあって、とうとう今回実現したが、背景には2000年来オペラシティで続けてきた正月のリサイタルがある。毎年自分の限界に挑戦するような企画をやってきた結果がここにたどりついた。
 これから一緒に食事という木幡、田中のお二人に「つきまといたいけど今回は共演者なので」と言って明日に備えて帰宅する。
 その明日は、ますます激しい表現が増えてきて、二試合まるまるガチンコ勝負。77歳の老師にこんな力があるとは! いやあ敬服、爽快、瀕死。休息時間にアルファベットを縦横に書いたCT先生独特の楽譜に近寄って「これの見方を勉強したほうがいいか」と聞くと「必要ない。お前はお前の音を出せ」とのお言葉で、安心してかからせてもらう。
 本番は第一部山下ソロで「Mystic Beat」「やわらぎ」。CTソロはイントロに呪文的詩の朗読付きの「Dusk」。第二部のデュオは「Phalanges」と名付けられた45分間のもの。アンコールは短くその名も「Brief」。音の嵐と拍手の嵐を浴びる。終演後楽屋でシャンペンで乾杯。しばらく二人だけで話す。酔いが回りこのデュオでのワールド・ツアーの計画をぶち上げて盛り上がる。ロビーのレセプションではCT先生は上機嫌なスピーチをした。おれはシャンペンを飲み続け、翌日、翌々日も、まだ夢の中だ。


「CDジャーナル」2007.04月号掲載
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