自動車保険では、対人や対物のように他人に損害を与えた場合に補償をしてくれる保険と、自分が怪我をした場合に補償してくれる保険があります。
自分に対する補償とは、具体的には「搭乗者傷害保険(特約)」「自損事故補償保険(特約)」「人身傷害補償保険(特約)」などで、保険をかけている自動車に「搭乗中」に遭った事故での怪我が対象となっています(人身傷害補償保険は一部車外での事故にも対応あり)。
従って、搭乗中かどうかが保険金が支払われるかどうかに大きくかかわってくることになります。
そしてこの「搭乗中」、つまり車に乗っている状態なのかどうかが、問題になることがあります。
「搭乗中」とは、自動車保険の約款によれば
「被保険自動車の正規の乗車位置または当該装置のある室内(隔壁等により通行できないように仕切られている場所を除きます。)に搭乗中の者をいいます。」とされています。
正規の乗車位置ではないのは、例えば屋根の上に乗っていたり窓枠に腰かけて体を外に出していたり(つまり「ハコノリ」)はダメだよ、ということです。
トラックの荷台なども正規の乗車位置ではありません。
そして、乗り始めから降り終わりまでの動作の中ではどこからどこまでが搭乗中なのか、ということも判例で示されています。
判例によれば搭乗中とは、一般的には
「座席などに乗るために、手足または腰などをドア、床、ステップまたは座席に掛けたときから、降車のために手足または腰などを、ドア・床・ステップ・座席などから離し、車外に両足をつけるときまでの間をいう」(東京地判昭和60・11・22)
とのことです。
つまり両足を地面について車から離れれば、搭乗中ではない、ということになります。
ここで少し複雑なのですが、最高裁の判例で「搭乗中ではないからと言って必ずしも搭乗者傷害保険が支払われないのはおかしい」→「搭乗中でなくても、一定の条件があれば搭乗者傷害保険が支払われるべきだ」というものがあります。
その事故は、高速道路で自損事故を起こしたため路肩に待避しようと車外に出ていたとき後続車にひかれて死亡したというものですが、保険会社は「搭乗中」ではないのだから搭乗者傷害保険金を支払わないとしていました。
平成19年5月29日判決の最高裁判例ですが、「以下の条件があれば、本件車両の運行に起因する事故での死亡若しくは搭乗中の死亡と同視し得る」としており、その条件は
@A(被保険者:死亡)が身体の損傷を受けかねない切迫した危険を避けるために車外に避難せざるを得ない状況に置かれ
Aその避難行動は避難経路も含めて上記危険にさらされたものの行動として自然なものであり
BAの死亡が本件事故と時間的にも場所的にも近接して生じていたこと
のいずれも認められる場合、
としております。ですから、この事故で搭乗中ではないので保険金を支払わないという判断は
「本件自損事故とAの死亡との間に認められる相当因果関係を無視するものであって、相当ではない。」
「運行起因事故によって車内にいても車外にいても等しく身体の損害を受けかねない切迫した危機が発生した場合、車内にいて負傷すれば保険金の支払いを受けることができ、車外に出て負傷すれば保険金の支払いを受けられないというのが不合理である」
「本件搭乗者傷害条項においては,運行起因事故による被保険者の傷害は,運行起因事故と相当因果関係のある限り被保険者が被保険自動車の搭乗中に被ったものに限定されるものではないと解すべきである。」
として、搭乗者傷害保険からの支払いを命じるものでした。
両足が地面についているかどうか(搭乗中かどうか)などといった些細なことにこだわっている場合ではなく、相当因果関係があれば保険金の支払いは拒否できませんよ、という判断です。
このような判断は被害者にとっては有利で良い判決に思えますが、被害者としては「搭乗中だったかどうか」よりも一層あいまいで困難な「相当因果関係があるのかどうか」ということを証明しなければならなくなった、ともいえると思います。
→ 「搭乗中」と同等の相当因果関係とは
もし判断に迷われている方がいらっしゃいましたら、遠慮なくお問い合わせください。
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